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Webアクセシビリティに関する JIS素案に対するコメント

2003年 11月 20日、中根雅文

この意見書では、
高齢者・障害者等配慮設計指針−情報通信における機器・ソフトウェア・サービス
第三部:ウェブコンテンツ
の素案 (以下「本素案」)について、私の意見を、以下の観点から示す。

本素案 JIS規格化の重要性について

まず、本素案が扱っている事項が JIS規格化されることが、以下の観 点からきわめて重要であることを強調したい。

  1. Webのアクセシビリティを推進する根拠の必要性

    日本国内では、民間企業から、政府関係組織に至るまで、 Webサイトのアクセ シビリティを確保することの重要性に対する認識が低い。一つには、その 意義が十分に理解されていないということがある。しかし、もう一つの要 素としては、アメリカのリハビリテーション法 508条に相当する法律がな い日本において、 Webのアクセシビリティを向上させる積極的な理由が存 在しないということが挙げられる。本素案の規格化により、少なくとも政 府系組織の Webサイトのアクセシビリティ確保を行う積極的な根拠が与え られる。さらに、同規格によりこの問題に対する社会の関心が高まること が期待でき、結果として民間における Webアクセシビリティへの認識の高 まり、ひいては Webアクセシビリティを向上させる動きへとつながること も期待できる。

  2. Web製作の現場で実用的に参照できる仕様の必要性

    Webコンテンツの製作現場では、これまでアクセシビリティ向上のための指針 として参照できるものとして、 World Wide Web Consortium (W3C) の Web Content Accessibility Guidelines (以下 WCAG) 1.0 があったが、 この文書の公式版が英文であること、日本の現状に固有の問題がある場合、 その点がカバーされているかどうか明確ではないこと、策定から時間がたっ ており、現状に即しているかどうかが分からないことなどの理由で、必ず しも実用的な指針として利用できるものとはなっていなかった。本素案が 企画化された場合、このような問題のない指針として、現場で利用できる ものとなることが期待される。

本素案に対する改善の提案

上述のとおり、本素案の規格化は、 Webがますます日常的に利用され、 そのアクセシビリティが重要となってきている日本社会にとって、きわめ て重要で、必ず実現されなければならないことである。しかしながら、 本素案にはいくつかの問題点があり、これらの問題点を解決することで、 同規格が持つ意義や信頼性、そしてその果たす役割がより大きなものにな るだろう。ここでは、改善が必要だと考えられる点について述べる。

本素案中の誤記について

ここでは、本素案中の単純な誤記と考えられる点、語句の誤用と考え られる点および、誤解をまねくことが考えられる文章表記の問題について 指摘する。

5.1 基本方針 b)

6.1 規格や仕様の準拠 a) 【参考】

6.1 規格や仕様の準拠 b) 【例】

6.2 構造と表現 a) 【例】

6.2 構造と表現 b)

6.2 構造と表現 d) 【例3】

6.2 構造と表現 e) 【例】

6.3 操作や入力 f) 【例1】 および f) 【例2】:

本素案の内容の改善について -- 全体を通した問題点

ここでは、本素案全体的に見られる問題について記す。

「高齢者」について

多くの「参考」の中で、「高齢者」は「…するのが困難」といった記 述が散見される。しかし、本素案中には「高齢者」という言葉の定義がな く、なぜ「高齢であること」が「…するのが困難」ということになるのか がはっきりとしない。また、高齢者という、身体的能力が個々に大きく異 なるグループを一まとめにして扱っているのは、少々乱暴な印象を否めな い。 (まるで「障害者」は全て音声ブラウザを使っている、というような レベルのまとめ方のように感じられてならない。)

高齢者に関しては、加齢によりどのような身体的能力が衰える場合が あるのか、そしてどのような能力が衰えた人が特定の障壁による影響を受 けるのかということをはっきりと示す形でなければ、いくら「参考」と言 えども不適切である。そのような具体的な記述を加えるか、「高齢者」と いう語を全体的に削除することが望ましいだろう。

障害と情報アクセス障壁の関連性に関する情報不足

いろいろな障害について、それぞれ、情報アクセスにおいてその障害 の特性がどのような影響をもたらすのかという点について、付属書などの 形で解説するか、適切な解説をしている文書を参照することが必要である。 さもなければ、結局同規格の利用者の中には、各項目が解決を目指してい る問題の本質が理解できず、結果として的外れな対策しかとれないよ うな人が出てきてしまうことが十分に考えられる。

ユーザ・エージェントの位置づけについて

本素案では、コンテンツのあるべき姿を示しているが、この規格に基 づいて作成されたコンテンツが、どのようなブラウザなどのユーザ・エー ジェント (以下 UA)で適切にレンダリングされるのかということが全く見 えてこない。本来は、 JIS規格準拠の UAで JIS規格準拠のコンテンツを 閲覧すると、アクセシビリティの問題がない、という姿を目指すべきであ るにもかかわらず、 UAの存在について、現状存在するあらゆる UAを対象 にしているかのような記述が目立つ。そのため、本来は UAで担当すべき 部分もコンテンツに押し付けられてしまうことがないとも言えない構造が 存在する。今後、本規格と UAの関係がどうなっていくのか、あるいは JISの中でどうして行くのかなど、本規格策定者の意図や展望を、一般に 向けて明らかにすべきである。

本素案の内容の改善について -- 各項目に関する事項

ここでは、各項目の中で、問題があると考えられる点について指摘す る。

4. 定義 -- 非テキスト情報

「文字以外のウェブコンテンツ。画像、音声、動画等のマー クアップされたもの。」とされているが、適切にマークアップされている もの、たとえば適切にSVGでマークアップされた画像情報はアクセシビリティ を向上させる効果の方が大きいのではないか。問題となるのは、マークアッ プがされていない情報で、たとえば JPEG画像に代替情報が付加されていな いような場合である。その意味からも、ここで「マークアップされたもの」 であるかどうかは重要ではなく、「マークアップされたもの」に限定して しまうことで、本規格の適用対象を狭める結果となりかねない。

したがって、「非テキスト情報」の定義は、「文字以外のウェブコン テンツ。画像、音声、動画等。」とするのが妥当であると考える。

5.1 基本方針 b)

「できるだけ多くの……で操作・利用できるように配慮する。」とあ るが、重要なことは、多様な環境で「『同様に』操作・利用できること」 である。その点を強調しないと、複数のバージョンへの対応と称して、ペー ジの見た目がなるべく同じになるようにするあらゆる手法を用いることが 推奨されているという誤解を招くのではないかと懸念される。この項目は 「基本方針」であり、絶対に守られるべき事項であるから、このような誤 解を生じないための最善の注意が必要であると考える。このような観点から、以下のように変更することが望まれる。

ウェブコンテンツは、できるだけ多くの情報通信機器、表示装置の画面解 像度とサイズ、ウェブブラウザとバージョンで、同様に操作・利用できるように 配慮する。

6.1 規格や仕様の準拠 a)

以上を踏まえ、以下のように変更することを提案する。

ウェブコンテンツは、関連する文法、技術の規格や仕様の実用的な 最新版に準拠 して作成しなければならない。

6.2 構造と表現 a)

以上を踏まえて、以下のように変更することを提案する。

コンテンツは、情報の意味的構造に従って記述しなければならない。

6.2 構造と表現 a) 【参考】

情報の意味的構造は、音声ブラウザがユーザに適切な音声情報を提 供する上で、不可欠な情報である。

6.2 構造と表現 b)

a)および b)を合わせて、情報の意味的構造と表現の分離について 示していると考えることはできるが、アクセシビリティ確保の重要な用件 である「情報の意味的構造と表現の分離」が必要であるというメッセージ が明確ではないと感じられる。前述の広範部分に対する指摘と合わせて、 以下のように変更することを提案する。

コンテンツの表現はスタイルシートを用いて記述し、情報の意味的構造との分 離を図ることが望ましい。加えて、スタ イルシートを使用する場合は、未対応のウェブブラウザでもコンテンツの理解 を阻害しないようにしなければならない。

6.2 構造と表現 b) 【参考】

「音声ブラウザなど、スタイルシートに対応しないウェブブラウザ もある。」とあるが、音声ブラウザも将来的には Aural Cascading Stylesheet などに対応する可能性も十分にあると考えられる。また、視 覚的ブラウザでスタイルシートに対応していないものが存在することは、 現場では常識的事実であることをかんがえると、この文は削除してもよい のではないかと考えられる。

6.2 構造と表現 c)

表組の要素をレイアウトのために用いないことは、情報の意味的構造 と表現を分離する上で重要な点であることを考えると、この項目について 「望ましい」ではなく、「使ってはならない」とすべきだという意見もあ ると思われる。しかし、現在のスタイルシート言語の状況や、 UAの実装 の状況が成熟したものでない点、したがって現場ではこの手法を多様せざ るを得ない状況であること、さらに WCAG1.0においてもこの手法につい ては許容していることを考えると、この項目は「望ましい」のままにする べきである。

6.2 構造と表現 e) 【参考】

「音声ブラウザは最初にページのタイトル情報を読み上げる。」 とあるが、利用しているブラウザによって、または設定によって異なる可 能性があるので、「多くの音声ブラウザでは…」などとするのが適切であ る。

6.2 構造と表現 d) 【例1】

以上のことから、以下のように変更することを提案する。

HTMLでは、 caption要素を用いて表題を明示し、表に含まれる情報 がどのようなものかを分かるようにする。

6.2 構造と表現 f)

6.2 構造と表現 f) 【参考】

上記提案 1.が採用されなかった場合、以下の修正が必要である。

6.2 構造と表現 f) 【例2】

6.2 構造と表現 g) 【例2】

「1,2,4及び5にはリンクを示す下線が付いている。」となってい るが、重要なことは下線がついていることではなく、これらがリンクになっ ていることである。したがって、「1,2,4はそれぞれのページへのリンク になっている」とする方が適切である。

6.3 操作や入力 b) 【例4】

ラベルとコントロールの関係を明示することには、音声ブラウザが正 しい情報をユーザに対して提供することができるようになるという効果も あるので、その点を以下のように加えるべきである。

また、ラベルを設定することによって音声ブラウザが各コントロールの意味を誤らずに ユーザに伝えることができるようになる。

6.3 操作や入力 c) 【参考】 および d) 【参考】

「…支援技術を使って入力作業をするため時間がかかる。」と あるが、視覚障害者の場合は、支援技術を用いて、入力に必要な情報の確 認など、ページの内容を確認する部分により時間がかかる場合が多い。こ の一連の作業をまとめて「入力作業」と称することもできなくはないかも しれないが、各障害を持つユーザの情報アクセスの特性に関する解説がな い以上、規格利用者に対して少しでも間違った認識を与える可能性がある ような表現は、極力避けるべきである。よっ て、「…支援技術を用いて入力作業を行ったり、それに先立つページ内容の確認作業 を行うため…」などとするのが適切である。

6.3 操作や入力 e)

前述のフレームの問題点 2.に対応すべく、以下の変更を提案する。

利用者の意思に反して、または利用者が認識または予期することが困難な形で、 ページの全部または一部を自動的に更新したり、別のページに移動 したり、新しいページを開いたりしてはならない。

また、例として以下のような内容を追加する。

フレームやクライアント・サイドのスクリプトを用いてページの一 部分を更新する場合、事前に知らせたり、解説ページを用意するなどの方 法で、ユーザが変更を事前に予期したり、変化を認識したりできるように する。

6.5 色や形 a)

分かりやすい例が必要ではないか。たとえば

入力フォーム中で「赤字の項目は必須」などとせず、各必須項目に は「(必須)」などと明記する。

6.5 色や形 b)

分かりやすい例が必要ではないか。

6.7 音 a) および b)

視覚障害者が音声環境を利用している場合、ウェブ・コンテン ツに含まれる音声情報によって、音声ブラウザなどの出力する音声を聞き 取れないようなこともある。このような問題を会費するためにも、この 2 項目はきわめて重要である。このような問題が存在することを、参考とし て明記すべきである。

6.9 言語 d)

以上を踏まえて、以下を提案する。

  1. この項目を以下のように変更する。

    視覚的表現のために単語の途中にスペースを入れてはならない。

  2. その上で、新たに以下の内容の項目を追加する。

    視覚的表現のために、単語の途中に強制的な開業を挿入してはならない。

    また、以下の内容を「参考」または「例」として示す。

    縦書きで表現したいという理由で一文字ごとに改行タグをいれると、音 声ブラウザはばらばらの文字として認識するので正しく読み上げられない。

本素案の内容の改善について -- 追加すべき項目

ここでは、本素案に欠けていると思われる項目を示す。

自然言語の明示

音声や点字出力を行うブラウザにとって、ページ中で主に用いられて いる言語が適切に指定されていることは重要である。また、多くの言語を 含むような文字集合を用いて記述されているページにおいては、使用され ている自然言語がページ中で切り替わる際にも、使用されている言語が適 切に明示されていなければ、これらの UAでは正しいレンダリングを行う ことができない可能性が高い。したがって、以下の項目を追加すべきであ る。 (なお、これらの項目は WCAG 1.0にも含まれている項目であり、同 指針との整合性を維持するという観点からも、以下の項目は必要だと考え られる。)

文書中で用いられる自然言語の変化と、主に用いられている自然言 語を明示しなければならない。

例: HTMLにおいては、 html要素の lang属性でそのページで用いら れている第一言語を指定し、必要に応じて p要素、 q要素、 span要素など の lang属性を指定して自然言語の変化を明示する。

以上。