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: 4. まとめ : 盲学校における情報処理教育に関する アンケート調査結果報告書 : 2. 調査結果


3. 考察

ここでは、調査結果の中で、特に注目した点に関する考察を示す。

3.1 情報教育の目的

まず、上記調査結果の 1および 2 から、盲学校における情報教育で生徒が獲得すべき能力がどのようなものであるのかという点に関する教員の意識と実態を見ることができる。

多くの盲学校では、文書作成の能力を獲得させることが大きな目的の一つであると いうことが分かる。文書作成のために必要な基本的な能力を身につけさせ、その上でコン ピュータの応用利用のための能力に結びつくような技術の習得を期待しているよ うである。これに対して、実際に児童・生徒が獲得できる能力については、大半 は文書作成能力は獲得できても、応用利用の能力は獲得できていない。また、自 分に適した画面出力の確認方法が確立できる者も少ないということが分かる。

文書作成のための能力の獲得といった場合、そのために必要なアプリケーション の操作能力と、そのアプリケーションを用いて実際に文書作成を行う能力とは多 少性質の異なるものである。アプリケーションの操作に関しては、頻繁に利用す る機能を実行するためのキー操作を覚えることや、アプリケーション全体の構造 を理解することなど、文書作成に特化した部分は少ない。これに対して、実際に 文書作成を行うためには、漢字に関する知識や一般的な組版の知識が少なからず必 要となる。特にこれまで点字のみを用いて教育を受けてきた者の場合、このよう な知識が著しく欠如している場合が多く、コンピュータ利用のための指導という よりも、このような部分の指導が重要な問題となっている。実際に、アンケート 調査の回答の中にも、そのような指摘が含まれていた。したがって、今後国語教 育などとの密接な連携の必要があるだろう。

一方、応用のための能力を獲得できないという点については、二つの要因が考え られる。一つは、指導者に視覚障害者向けの技術などに関する理解が不足してい るという点であるが、この点については後述する。もう一つは、視覚障害者が スクリーンリーダーや拡大のためのソフトウェアを実際に利用する十分な機会に恵 まれていないという点である。スクリーンリーダーや拡大のためのソフトウェアは、 視覚障害者のコンピュータ利用に際して、 OSと同程度に不 可欠なソフトウェアである。したがって、盲学校にあるコンピュータシステムに は、基本的に搭載されていることが期待されるソフトウェアであるといえるが、 実際には経済的理由で全てのコンピュータへの導入が困難な場合が多く、コンピュータは導入されても、スクリー ンリーダーなどの視覚障害者にとって不可欠なソフトウェアやハードウェアが十分に導 入されないような場合も見られる。このような資源の不足は、児童生徒に十分な 学習の機会を与えられないことにつながるだけでなく、指導者が適切な指導を 行うために必要な知識を得ることをも阻害する大きな要因でもある。盲学校への 情報機器の導入に際しては、一般的なハードウェアやインターネットへの接続の ための回線だけでなく、視覚障害者向けのハードウェアやソフトウェアの導入も 同時に行うことのできるような方法や政策が不可欠である。

さらに、視覚障害を持つ利用者には、利用可能なあらゆるソフトウェアを試した 上で自分に適した組み合わせを発見する機会が必要である。しかし、これは個人 的に行うのは困難な作業であり、またコンピュータの利用技術の習得の早い段階 において行わなければならない作業でもあるため、盲学校においてこの作業をで きるようにすることは大変重要である。このような観点からも、盲学校への情報 機器の導入に当たっては、視覚障害者にとって必要なものが確実に導入されるよ うにしなければならない。

3.2 技術に対する理解の不足

上記調査結果17からは、 大半の盲学校が 何らかの形で Microsoft Windowsを導入していることが分かる。前節でも述べたように、多くの 盲学校では文書作成能力を習得させることを一つの目標としている。一般社会で 広く用いられているシステム上で文書作成を行う能力を習得することで、データ の共有や共同作業が容易になる。このことにより、盲学校卒業後の社会生活をよ り自立したものにすることが可能となり、さらには雇用機会の拡大にもつながる。 したがって、盲学校における情報教育に、一般社会で広く用いられている Microsoft Windowsが導入されることは自然なことであり、また卒業後に役立つ技 術の習得に結びつくという意味でも有益なことである。その一方で、上記調査結果 11は、視覚障害者の情報教育担当者向けの研修などに 期待する内容について聞いた結果である。この結果からは、 Windows関連の指導方法が必ずしも確立できて いない現状をうかがうことができる。

それでは、なぜ Windows システムの利用に関する指導方法が確立されていない のだろうか。最も大きな要因として考えられることは、視覚障害者が利用してい るスクリーンリーダーなどに関する技術に対する指導者の理解の不足である。現在用いられているシステムは、晴眼者の利用のみを想定して作られているものである。視覚障害者の情報取得の方法や特性が晴眼者と異なっているということに関しては言うまでもないことだが、この差を補うツールとしてスクリーンリーダーなどが用いられている。ここで補われるべき「差」がどのようなものであるのかという点や、点字・音声出力および拡大表示の持つ特性といった点に対する正しい理解がなければ、視覚障害者の効果的な情報取得方法に対する適切な理解を持つことは困難である。 効果的な情報の取 得方法を理解することができれば、 Windowsやその上で動作するアプリケーショ ンの利用の指導に当たっても、必要な情報の取得方法を的確に指導することができるだろ う。また、単に特定のスクリーンリーダーと特定のアプリケーションの組み合わ せでは特定の機能の利用が困難であるといった分析を行うだけではなく、どのよ うな機能が欠けているために特定の機能の利用が困難であるのかといった点も含 めて、視覚障害者が直面している問題に関するより建設的な取り組みをすることがで きるだろう。

上記調査結果10は、情報教育担当者が視覚障害者の情報教育 においてどのような事項を重視しているのか聞いた結果である。この 結果から分かるように、スクリーンリーダーの特徴などを正しく理解することが、 適切な指導を行う上で重要であると考える指導者は多い。しかし、実際には理解 が十分な指導者が必ずしも多くないことが、 Windowsシステムの利用に関する指 導方法が確立していないという事実から分かる。一方、現在利用することのでき るスクリーンリーダーなどでは、機能的制限や不足から、十分な指導を行うこと が難しいという事実もある。したがって、指導者は現在利用可能な技術の限界を 正しく認識する必要があるが、これは必ずしも容易なことではない。実際には、 機能的限界は存在するものの、スクリーンリーダーなどについて正しく理解して いれば実用的にコンピュータを用いることができる能力を習得させることは可能 である。このことは、実社会で実用的にコンピュータを利用している視覚障害者 が多いことからも自明である。実際にコンピュータを利用している視覚障害者と の情報交換を行うことができれば、具体的な問題の解決方法や機能的限界などの 情報を入手することが可能になる訳だが、調査結果10 からも分かるように、情報教育の担当者が実際にコンピュータを実用的に利用し ている視覚障害者と接する機会を持つことは少ないようである。

このような状況での情報教育では、スクリーンリーダーや OSなどの変化に対応 することのできる能力を習得させることは難しいのではないだろうか。また、視 覚障害者だけではなく、指導者である教員も、新しいスクリーンリーダーや OS が出現する度に、新たに学習する必要が生じてしまうだろう。このような状況を 改善するためには、指導者がより広い視野で視覚障害者のコンピュータ利用につ いての知識を得る必要があるだろう。すなわち、具体的なアプリケーションの利 用方法などのみに目を向けるのではなく、視覚障害者向け技術や視覚障害者の情 報のやりとりに関する一般的な概念についての理解も必要である。



中根雅文